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最高裁判所第二小法廷 昭和23年(れ)190号 判決 1948年5月29日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人岡本敏男上告趣意書第一点は「原判決には法律の適用を遺脱した違法があります。原判決を査閲しますと、其の法律理由に於て判示の各公文書偽造、各偽造公文書行使、各詐欺の行為が夫々犯意継続に係る故を以て此等の行為の夫々に対して刑法第五十五条を適用しております。然乍ら昭和二十二年法律第百二十四号(刑法の一部改正法律)には、右第五十五条削除とありますので、前記各行為が改正法律施行日たる同年十一月十五日以前のものである以上、本来ならば法律の改正に依り刑の変更ありし場合に外なりませぬから刑法第六条に則り新旧両法を比較して軽きに従ふ旨を説示しなければならぬ訳であります。ところが右改正法律は此の煩を避くる意味に於て特に同法律附則第四項を設け、「この法律施行前の行為については刑法第五十五条……の改正規定にかかはらずなお従前の例による」としました。随つて原判決が前記各行為に対し刑法第六条に依ることなく同法第五十五条を適用して処断したのは当然でありますが、斯様な擬律を為し得る所以は全く前記附則第四項が存する為めでありますから、法律理由中には是非とも右条項が挙示せられねばならなかつたのであります。然るに事ここに出でなかつた原判決には看過すべからざる法律の適用を遺脱した違法があるといはねばなりまぬ。刑法第五十五条が適用せられてるる以上、右附則第四項に依つたことは自明であるなどとの方便的解釈は許されぬところであります。然らば原判決は此の点に於て到底破毀を免れないものと断ずるを憚りませぬ。」と云うにある。

昭和二十二年法律第百二十四号(刑法の一部を改正する法律)は刑法第五十五条を削除したが同法律附則第四項により同法施行前の行為については刑法第五十五条の改正規定にかかはらずなお従前の例によることを定めておるのである。ところで被告人の本件犯罪行為は右改正法施行の日たる昭和二十二年十一月十五日前に行われたものであつて公文書偽造の各所為、同行使の各所為及び詐欺の各行為は夫々犯意継続して行つたものであることは原判決の確定しておるところであるから前記附則第四項の規定により刑法第五十五条を適用すべきものであることは言を俟たないのである。而して原判決は法条の適用において刑法第五十五条を示すに止まり前記附則第四項を示さなかつたことは所論の通りであるが刑法第五十五条を適用したことは、即ち附則第四項をも適用した趣旨であることは自ら明らかであつて直接の適用法条たる刑法第五十五条を適用してある以上その根拠となる右附則第四項の規定を判決に挙示しなかつたからといつて必ずしも右規定の適用を遺脱した違法があるということはできない。従つて論旨は理由がない。

同第二点は「原判決には理由不備の違法があります。其の法律理由に於て、「法律に照すと被告人の判示所為中各公文書偽造の点は刑法第百五十五条第一項に各回行使の点は同法第百五十八条第一項第百五十五条第一項に各詐欺の点は同法第二百四十六条第一項に夫々該当するところ」括行使の点は一個の行為にして数個の罪名に触れ以上は夫々犯意継続に係り且其の罪は順次手段結果の関係があるので同法第五十四条第一項前段後段第五十五条第十条を適用し結局最も犯情の重い偽造公文書行使の一罪とし云々」と判示されて居ります。然乍ら右法律の適用は洵に杜撰極まるもので特に刑法第五十四条と同第五十五条との適用に至つては其の前後を明かにせず漫然之を羅列するのみで、そぞろ其の昔の予審終結決定を想はしむるものであります。抑々(一)刑法第五十四条第一項前段は、時間的に場所的に一個不可分の事実行為が異種の数個の罪名に触れるとき之を一罪として取扱ふ上に於て其の中の最も重い刑に従ふべきことを示したものに外なりませぬ。試みに本件の偽造に係る転出証明書なる公文書行使を欺罔手段とする外食券騙取の場合に例をとるならば、右全行為は一面刑法第二百四十六条第一項の詐欺罪に該ると同時に他面詐欺罪の構成要件たる欺罔手段が同第百五十八条第一項の偽造公文書行使罪に該ることとなるので、最も重い後者の刑に依らねばならぬことにせられるのであります。然るに従来の我国判例は同種の罪の想像上の競合をも認めて居るので、同旨同文の文書を同時に数通偽造したり偽造した数通の同旨同文の文書を一括行使したりした場合にも、同法第五十四条第一項前段を適用するの愚を敢てして居るのであります。若し此の解釈を是認するならば、具体的にどの文書の偽造なり行使なりが犯情上重いかを指示するところがなければなりませぬ。(二)次に刑法第五十四条第一項後段は時と場所とを異にする手段又は結果たる行為で他の罪名に触れるとき之を一罪として取扱ふ上に於て最も重い刑を以て処断すべきことを規定して居るのであります。例を本件にとるならば、鹿部村長名義の転出証明書の偽造と此の偽造文書行使に依る外食券騙取の詐欺との間には手段結果の関係があるので、当然牽連犯として最も重い偽造転出証明書行使罪即ち刑法第百五十八条第一項の刑に従ふべきこととなるのであります。(三)ところで刑法第五十五条は連続した数個の行為にして同一の罪名に触れるものを一罪として処断すべき旨を規定して居ました。而して之を一罪と解する理由に至つては諸説紛々として帰一するところなかつたのでありますが、要するに原判決にも示されてある通り、短期間内に同種の行為が反覆累行せられたことに徴して単一乃至包括犯意を認むるの外はないとせられて来たのであります。従て此の連続と云ふことは多少の時間間隔を予定したものであつて同一場所で他人を乱打するやうな場合又は青物屋で数個の密柑を順次窃取する様な場合は余りに時間が接続して居る為め連続犯と見ることなく単純一罪と解されるのであります。随つて本件の毎回に於ける二通の偽造転出証明書作成の如きは単純一罪と解すべきで連続一罪と目すべきものではありませぬ。以上の解釈を以て原判示事実に法律を適用するならば左の如くでなければなりませぬ。即ち「先づ理解を容易にするため第一回の昭和二十二年三月七日頃沼津市に於て鹿部村長a名義の転出証明書二通を偽造した上、食糧営団沼津出張所係員に対し旅行者外食券の交付方を申入れて右二通の偽造転出証明書を一括行使し同係員を欺罔して外食券百二十枚を騙取した点に擬律して見れば、(一)転出証明書二通偽造の点は刑法第百五十五条第一項に該当するから同条を適用すべく(第五十五条を適用してはならぬ)(二)偽造転出証明書一括行使に依る外食券騙取の詐欺事実中、偽造転出証明書行使の点は刑法第百五十八条第一項第百五十五条第一項に該当し(此の場合想像上の競合を来すことはない)、詐欺の点は刑法第百五十五条第一項に該当するところ、右は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから同法第五十四条第一項前段第十条に則り法定刑の重い偽造公文書行使罪の刑に依るべく(三)而して右(一)と(二)の両行為は互に手段結果の関係があるから同法第五十四条第一項後段第十条をも適用して犯情に於て重き偽造公文書行使罪の刑に依つた上、前示の前科があるので同法第五十六条第二項第五十七条に依り累犯加重を施し、なほ(四)其の以後に於ける数回の同様の犯行に付ても叙上の擬律を繰返した後同法第四十五条前段第四十七条に則り併合加重を為すべきところ、昭和二十二年法律第百二十四号附則第四項に則り刑法第五十五条を適用して一罪とし重き前記偽造公文書行使罪の刑に依り同法第五十六条第一項第五十七条の累犯加重を為したる範囲内に於て被告人を懲役二年に処す」となすべきであります。此の点に於て原判決は理由不備の違法ありと申さねばなりません。」と云ふにある。

然し原判旨によれば被告人は文書を偽造行使して詐欺を為すこと数回に及んだもので各文書偽造行使詐欺の間には手段結果の牽連関係があると同時に数個の文書偽造の行為と数個の偽造文書行使の行為と数個の詐欺の行為は各連続関係にあるものであるから、かかる場合には刑法第五十四条第五十五条に依りこれを総括してその最も重い罪の刑によつて処断するのが正当であつて右両法条の適用の順序如何は法律の要求しておるところではない。従つて原判決の擬律は正当であつて所論は独自の見解に立つて原判決の擬律を非難するに過ぎないものであるから論旨は理由がない。

同第三点は「原判決には刑法第五十四条第五十五条を誤解した違法があります。原判決は「以上は夫犯意継続に係り旦其の罪は順次手段結果の関係があるので同法第五十四条第一項前段後段第五十五条第十条を適用し結局犯情の重い偽造公文書行使の一罪とし云々」と判示して居りますが、刑法第五十四条が最も重きに従ふと云つて居るのは刑法第四十七条第四十八条の規定するが如き刑の併合加重とか併科とか云ふ意味を排斥するに留り決して重き犯罪のみが成立し軽い犯罪が消滅するとの意味ではないのであります。例を本件判示事実にとるならば、判示犯罪は公文書偽造、偽造公文書行使及び詐欺の三種の犯罪が刑法第五十四条第五十五条の関係に於て錯綜する一個の複合的犯罪であり、断じて一個の偽造公文書行使の一罪と化して仕舞つたのではありませぬ。果して然らば原判決には理由不備の違法あるものと思はれます。要するに原判決は昭和二十二年法律第百二十四号が何故に刑法第五十五条を削除したかの精神を理解してるないもので到底破毀を免れぬことと信じます。」というにある。

刑法第五四条、が「最モ重キ刑ヲ以テ処断ス」としたのは数個の行為が包括的に最も重き刑を以て処断されるという意味であつて軽い罪が重い罪に吸収されて独立性を失うという意味でないことは所論の通りである。然し原判決の措辞は必ずしも妥当ではないがその趣旨とするところは右と同一であるから原判決には所論の如き違法があるということはできない。論旨は理由がない。よつて刑事訴訟法第四百四十六条によつて主文の如く判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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